糖質制限は「宗教」っぽい?
糖質制限ダイエット中のみなさん、世間の方から「糖質制限?なんだか宗教みたいでこわーい」って言われることはないですか?
さすがにリアルで面と向かって言われることはあまりないでしょうけど、ネットで匿名だと途端に攻撃的になるのが日本人の良くないところですよね💦
それはさておき、なぜ「糖質制限は宗教だ」と言われてしまいがちなのでしょう?確かに一部の方は熱心になるあまり、自分のやり方を相手に押し付けるのでちょっと怖いと感じることはありますね。それは糖質制限だけの問題ではなく他の食事法も一緒ですが。。
またいわゆる「普通の食事」をしている方たちから見ればあまりにも信じられないことばかり(バターコーヒー、牛脂、ラード、女性でも普通にステーキ300グラムなど)なのでそれも宗教のように思えるのかも…
しかし、現在の自分の常識と異なるものを「異質なもの」「宗教みたいだ」と言って排除してしまうのは実にもったいないことです。
江戸時代の日本では、人々が種痘を「あんなものをされたら牛になる、インチキ療治だ!」と言って逃げまどい、蘭方医たちはとても苦労したそうですよ。
蘭方医とは、いわゆる現代の医師たちが医学部で学んでいるような医学(西洋医学)を学んだ医師たちです。当時の日本ではまだまだ漢方医学が主流だったんですね。
現代の私たちから見れば大笑いするような話ですが、当時の人々は本当にそう信じていたんですから。現在の常識は、いずれ非常識になるかもしれません。医学はそうやって進歩してきました。
現在正しいと言われているものも、必ずしも最初から人々に好意的に受け入れられたわけではないんだね。
そうね。他にも似たような話はたくさんあるわよね。
私も昔は栄養療法にかなり抵抗感がありました
よっしーは8~9年ぐらい前「栄養療法」についてちょっと見聞きしたことがありました。そのときはまだそういう呼び名ではなかったかもしれません。
当時は、熱心に実践している方のブログなどを見て「何かアヤシイ宗教みたいで引くわ~!」「インチキじゃないの?」と思いました(ごめんなさい!)。
栄養療法(オーソモレキュラー療法)は、投薬だけに頼らない根本的な治療を目指して、食事やサプリメントを用いて様々な病気を治そうという治療法です。
実践者の方々のあまりにも熱心な様子に「宗教みたい!」と拒否反応を覚えてその後ずっと関わらずにいましたが、糖尿病と診断されてから藤川徳美医師の本・ブログなどを少しづつ読むようになりました。
そして現在では、「これはいいかも!」と思うことを出来る範囲で取り入れています。すべてカンペキにやろうとしても無理なので、その辺は自分で考えて優先順位の高いことからやることにしています。
よっしーもこうだったので、糖質制限ダイエットに対して何となく抵抗感を持つ方の気持ちはよく分かります。だから、現在そういう方も数年後には気が変わることもあるんだろうと思います。
今や糖質制限ダイエットは、いろいろなコンビニや外食産業が参入し、一時の流行のダイエットの域を超えてきていますしね…
自分のやり方を押し付ける人はいただけません
ただ…糖質制限ダイエットだけに限りませんけど、何かをやっている方の中には、熱心になるあまり自分のやり方を他人に押し付けようとする方もいらっしゃいますよね。
ちょっとでも自分のやり方と違うと「そのやり方は間違ってる!!正しい方法は〇〇で…」などとわざわざ言わなければ気が済まない方もいます。
宗教の熱心な信者の方の中に他の宗教を激しく罵る方がごく一部いらっしゃるように、別の食事療法を熱心に実践していらっしゃる方は糖質制限ダイエットを激しく攻撃する場合もあるでしょう。
いわゆる「無宗教」の方は、特定の宗教に関して激しい感情を持つことはないと思います…だってムキになる必要がありませんからね。そうでしょう?
いずれも「自分が信じているものは素晴らしい!」という思いが強すぎるからこその言動なのですが、これはちょっといただけないなぁと思います。どんな宗教でもその方が信じる分には何でもいいと思いますけど、他人に強要するのは良くないと思います。
しつこく宗教の勧誘をしてくる人ってホントうんざりしますよね。追いかけられて「今すぐ入らないと不幸になるよ!!!」と言われたときは怖かったです💦
「自分の場合はこの方法が合っている」というのは個人の自由ですが「全ての人は自分と同じ方法を実践すべきで、それ以外の方法はすべて間違っているんだ!!」と言うのはおかしいですよね。
糖質制限ダイエットの細かい実行法にしても「いくら低糖質でも〇〇は体に悪いので食べてはいけません」などと言い出せばキリがありません。「〇〇先生のやり方だけが正しい」と言われても困ります。
目的もライフスタイルも人それぞれなので、そういう細かいことは各自で判断したらいいと思うんですよね。
『火の鳥 太陽編』が教えてくれたこと
故・手塚治虫さんの漫画『火の鳥』の太陽編をお読みになったことがあるでしょうか。よっしーは小学6年生の時に初めて読みましたが、非常に感銘を受けました。
大昔の日本で、人間同士の戦いと「目には見えない神々同士の戦い」が同時に起こります。そして千年も後の世界でもやはり、「光(宗教)」と「シャドー(光を信じない者)」との激しい戦いが繰り広げられます。
しかし火の鳥は黙ってみているだけ。「こんなに激しい戦(いくさ)なのになぜ止めないのか」という犬上の問いに、火の鳥はこう答えます。以下のセリフは『火の鳥・太陽編』からの引用です。
「人間というものは何百年何千年たっても どこかで いつも宗教のむごいあらそいをおこすんです」
「宗教とか人の信仰ってみんな人間がつくったもの そしてどれも正しいの ですから正しいものどうしのあらそいは とめようがないでしょ」
たくさん存在する食事療法がどれもみんな正しいかどうかはともかくとして、それぞれの人たちは「自分が信じるものこそ正しい!」と思っているわけです。
多くの医師たちは「医学部で習ったことだけが正しい」と信じ、一部の医師たちは「必ずしもそうではない」と考えます。ここに争いが生まれます。。
また『火の鳥・乱世編』では、きょうだい同然に仲良く育った犬とサルが大人になり、それぞれ自分たちの家族や群れを守ることに必死になった結果、かみ合ってもつれあって死んでしまいます。
この悲しい2匹の結末は、以下の言葉によってしめくくられています。以下は『火の鳥・乱世編』からの引用です。みなさんはどう思われますか?必ずどちらかが勝って「唯一の勝者」にならなければいけないのでしょうか。
「この世に種族がある限り その種族の生きる道は 権力の座を争うしかないのだろうか」
自分の頭で考える習慣をつけましょう
よっしーは、どんな情報でもまず自分の頭で考えることにしています。「○○先生の言うことだから100%絶対に正しいに決まっている!」と妄信することはありません。
「○○先生のおっしゃることはおおむね正しいと思うけど、××の件に関しては△△先生のおっしゃることのほうが正しい気がするな」と思うこともよくあります。
だって、みんな人間ですもの。神様じゃないんです。人間は間違うこともありますし、そもそも体質の違いがあるので、同じことをやっても全ての人に同じ効果が必ず出るわけではありません。
血がつながっている親子やきょうだいでさえ、まったく同じ方法ではうまくいかないことだってあるんですよ。まして他人は…
みなさんも、よっしーのブログを始め、他の方の発信する体験談はひとつの情報として読んで参考になさるといいと思います。しかし、いつも絶対的に正しい人間など存在しません。
迷ったら、自分で考えて決めるしかないんです。そして、1度決めたことでも、後で状況が変わったり気持ちが変化することだって当然あるのですから、その都度、修正していけばいいんです。
「宗教」というものをどんな風に捉えるかはみなさん次第ですが、自分がどんな「宗教」を信仰していようと、他の宗教を激しく攻撃するようなことはあってほしくないですね。
自分の自由を守るということは、他の人の自由をも尊重するということだな。
それが無駄に自分も他人も傷つけない生き方だと思うわ。